シミュレーションの
前提と計算方法
シミュレーションを始める前に、5つの条件を決めておきます。人口・初期感染者・感染力・発症までの期間・罹患期間です。このうち4つを固定し、感染力だけを変えて、広がり方がどう変わるかを見ていきます。
ここではドラマや映画のような「噛まれたら急速に感染し、感染者が新たな人を噛みにいく」タイプのゾンビを想定します。現実の感染症とは性質が違いますが、広がり方を計算する枠組み(SIRモデル)は同じです。数値は教育用の設定であり、特定の実在の疾病を示すものではありません。
基本再生産数 R0 とは何か
感染がどれだけ広がるかを決める一番重要な数字が「基本再生産数 R0(アールゼロ)」です。1人の感染者が、誰も免疫を持たない状態で平均して何人にうつすかを示します。R0が1より大きければ感染は広がり、1より小さければ自然に収束します。
R0が大きいほど、ピークが早く・高くなります。R0=3では緩やかに広がりピークも低いですが、R0=6では十数日で急激に立ち上がり、人口の大部分が一気に感染波に飲み込まれます。R0=4はその中間で、ドラマ的設定としてよく使われる値です。
R0=4のとき
1万人の街で何が起きるか
ここから先は R0=4 に固定して、1万人の街で感染がどう進むかを1日ずつ追います。初期感染者は1人、発症まで1日、罹患期間は5日間です。SIRモデルで計算した、日ごとの感染者数と累計感染者数を見ていきます。
| 日 | 新規感染者 | 現在の感染者 | 累計感染者 | 残り未感染 |
|---|
R0別に
崩壊までの日数と生存率を比較
同じ条件(人口1万・初期1人)で、R0だけを3・4・5・6と変えてみます。R0が大きくなるほど、崩壊までの日数が短くなり、最終的な生存率がどう変わるかを見ていきます。R0=6では、わずか2週間程度で街の大部分が感染波に飲み込まれます。
R0=3:緩やかに広がる
ピークは遅く、生存率は比較的高い
R0=3では、1人の感染者が平均3人にうつします。広がり方は緩やかで、ピークに達するまでに時間がかかります。この設定では、人口の大部分が最終的に感染しますが、その過程が長引くため、対策を講じる猶予が残りやすい数字でもあります。
R0=4:ドラマ的設定の標準
急速に広がり、数週間で崩壊
R0=4は、多くのゾンビ作品で想定される広がり方に近い数字です。初期の1人が4人に、4人が16人にと増え、発症まで1日という速さも相まって、1万人の街は1ヶ月未満で崩壊状態に陥ります。特別な対策を取らなければ、生存者はごく少数に留まります。
R0=5:対策の猶予が消える
広がりが速く、初期対応の遅れが致命的
R0=5では、広がりがさらに速くなります。感染の初期段階で気づいて対策を取らないと、あっという間に制御不能になります。猶予日数はR0=4よりもさらに短く、数日の遅れが生存率を大きく下げます。
R0=6:制御不能
2週間以内に人口の大半が崩壊
R0=6では、1人が6人にうつす計算になります。発症まで1日の速さと相まって、感染の波は1週間で数千人規模に達します。どのような対策をとっても、この設定で人口1万人を守り切るのは数理的に極めて困難です。ゾンビ作品で「もう手遅れ」と言われる状況の数学的な裏付けになります。
対策の有無で
生存率はどう変わる?
ここまでR0を固定してきました。では、同じR0=4の条件で「対策なし」「弱い対策」「強い対策」と感染経路をどれだけ遮断するかを変えた場合、最終的な生存率はどう変わるでしょうか。これが、パンデミックものの物語で「人類が生き残れるか」を左右する分岐点になります。
| 対策 | 遮断率 | 実効R | 崩壊まで | 最終生存率 | 結果 |
|---|
対策なしでは生存率はごくわずかです。しかし感染経路を60%以上遮断すると生存率が跳ね上がり、75%で感染は収束に向かいます。つまり「1人を守る行動が全体を救う」というスローガンは、数学的に裏付けられた事実です。ゾンビ作品の主人公たちが生き残れるかどうかは、この数字に掛かっています。
条件を変えて
シミュレーションする
ここまで固定条件で見てきました。では、自分の条件ではどうなるか。基本再生産数 R0・感染経路の遮断率・街の人口の3つを動かして、最終的な生存率と感染の広がり方をその場で計算できます。スライダーを動かすたびに、結果が変わります。
未感染者(緑)と感染者(赤)の推移
計算方式は記事全体と同じ SIRモデル(4次ルンゲクッタ積分)です。初期感染者1人・発症まで1日・罹患期間5日間は固定で、教育用の設定です。生存率は SIRモデルでは人口規模にほぼ依存しませんが、人口を変えるとピーク時の感染者数など「絶対的な規模」が変わる様子を確認できます。現実の疾病や特定の災害を予言するものではありません。
計算の前提と注意点まとめ
この記事の数字は、感染症の標準的な数学モデルであるSIRモデルを使った教育用のシミュレーションです。現実の疾病や特定の災害を予言するものではありません。ここで使った前提と、モデルの限界を整理しておきます。
使った前提
- SIRモデル(S=未感染、I=感染中、R=除去=回復または死亡)
- 人口1万人の完全に閉鎖された空間
- 初期感染者1人、発症まで1日、罹患期間5日
- 基本再生産数 R0 = 3〜6
- 対策は「感染経路の遮断率」として実効再生産数に反映
モデルの限界
- 空間的な広がり(移動・地域差)を考慮していない
- 個人の行動のばらつきを平均値で扱っている
- 医療体制や資源の枯渇を含んでいない
- 「ゾンビ」は架空の存在であり、実在の疾病を示すものではない
- 数値は概念理解のためのもので、厳密な予測ではない
SIRモデルは1927年にKermackとMcKendrickが提唱した、感染症の広がりを3つの集団(S・I・R)の関係で記述する古典的なモデルです。シンプルですが、感染のピークや終息の条件を理解する上で今も基礎として使われています。この記事ではその枠組みを借りて、感染がどれほど速く、そして対策がどれほど効くかを直感的につかむことを目的としています。
根拠
- Kermack & McKendrick (1927) 「A Contribution to the Mathematical Theory of Epidemics」 — SIRモデルの原著
- WHO・厚生労働省の公表する基本再生産数(R0)の概念
- Anderson & May「Infectious Diseases of Humans」— 感染症動態の標準的参考書